
タロットを「外から読む辞書」ではなく「内から体験する鏡」として描いた最初の人物が、ロシア生まれの哲学者P.D. ウスペンスキー(Pyotr Demianovich Ouspensky, 1878-1947)です。
1913年に出版された小著『タロットの象徴(The Symbolism of the Tarot)』で、ウスペンスキーは大アルカナ22枚を一人称の幻視体験——「ペン・ピクチャー」——として描き直しました。カードの意味を箇条書きで列挙するのではなく、自分自身がカードの場面の中に立ち、そこで見たもの・感じたものを散文詩のように書き記す。この手法は、それまでのタロット文献には存在しなかったものです。
本記事では、占い業界歴19年の筆者が、ウスペンスキーの生涯とこの1913年の著作の構造・中心思想を、英語原典の引用を交えながら解説します。タロット古典シリーズの全体像はタロットの古典 完全ガイドにまとめています。
ウスペンスキーとは何者だったのか
ロシアの知の探求者
ピョートル・デミアノヴィチ・ウスペンスキーは1878年、モスクワに生まれました。ジャーナリストとして活動するかたわら、数学、哲学、神秘主義に深い関心を持ち、『第四次元(The Fourth Dimension)』(1909年)、『ターシアム・オルガヌム(Tertium Organum)』(1912年)といった哲学的著作で知られるようになります。
『タロットの象徴』は1913年に出版されました。ウスペンスキーがゲオルギー・グルジェフと出会うのは1915年のことです。つまり本書は、グルジェフとの師弟関係以前——ウスペンスキーが独力で神秘主義と格闘していた時期——の産物です。後に「第四の道」として知られる体系とは直接の関係がなく、ウスペンスキー個人の知的冒険の記録として読むべき一冊です。
本書とほかの著作との距離
ウスペンスキーの代表作は、グルジェフとの出会い以後に書かれた『奇蹟を求めて(In Search of the Miraculous)』です。しかし『タロットの象徴』はそれ以前の著作であり、グルジェフの体系用語(「第四の道」「自己想起」など)は一切登場しません。代わりに、プロティノス、ニーチェ(ツァラトゥストラ)、ブラヴァツキーといった——タロットを論じたことのない——思想家たちからの影響が色濃く見られます。
本書の構造 — 理論と幻視の二部構成
『タロットの象徴』は二部構成です。
| 部 | 内容 |
|---|---|
| 第1部「タロットとは何か(What is the Tarot?)」 | タロットの歴史、カバラ・錬金術・四元素との対応体系、シンボル論を論じる理論篇 |
| 第2部「象徴(The Symbols)」 | 大アルカナ22枚を11ペアにし、一人称の幻視体験(ペン・ピクチャー)として描写する実践篇 |
第1部で理論的な枠組みを提示し、第2部でその枠組みを体験的に実践してみせる——この構成そのものが、ウスペンスキーの方法論を体現しています。
ウスペンスキーの中心思想 — 3つの柱
1. 想像力こそが鍵
ウスペンスキーは、タロット解釈の方法論について明確な宣言をしています。
「著者は、タロットの鍵は想像力の中にあるに違いないと見出し、カードの描写的絵画を再設計し、それらの象徴を分析によってではなく、総合(synthesis)によって解釈する努力をすることに決めた」
— P.D. ウスペンスキー『タロットの象徴』(1913年)(筆者訳)原文: “the author found that the key to the Tarot must lie in imagination and he decided to make an effort to re-design the cards, giving descriptive pictures of the Tarot, and to interpret the symbols, not by means of analysis, but by synthesis.”
「分析ではなく総合」——この一句が、ウスペンスキーを他のすべてのタロット古典著者と分かつ分水嶺です。レヴィもパピュスもマザースも、カードの象徴を分解して対応表に整理しました。ウスペンスキーはその逆を行い、カードの象徴を一つの体験として統合しました。
そしてウスペンスキーは、自分のペン・ピクチャーが唯一の正解だとは主張しません。「これはほとんど全面的に主観的な構想であり、他者が同じシンボルから異なる構想を得ることを積極的に認める」と明言しています。この開放性も、体系的教義を主張した他の古典著者との大きな違いです。
2. 11ペアの対称構造
ウスペンスキーは22枚を11組のペアとして提示しました。
| ペア | カード |
|---|---|
| 第1ペア | I. 魔術師 と 0. 愚者 |
| 第2ペア | II. 女教皇 と XXI. 世界 |
| 第3ペア | III. 女帝 と XX. 審判 |
| 第4ペア | IV. 皇帝 と XIX. 太陽 |
| 第5ペア | V. 教皇 と XVIII. 月 |
| 第6ペア | VI. 恋人 と XVII. 星 |
| 第7ペア | VII. 戦車 と XVI. 塔 |
| 第8ペア | VIII. 正義 と XV. 悪魔 |
| 第9ペア | IX. 隠者 と XIV. 節制 |
| 第10ペア | X. 運命の輪 と XIII. 死 |
| 第11ペア | XI. 力 と XII. 吊るされた男 |
各ペアは相互に補完し合い、片方だけでは意味をなさないという立場です。この対称的な読み方は、マザースの「連続した文章」とも、レヴィの「カバラ対応表」とも異なる、まったく独自の構造です。
3. 三角・点・四角の宇宙論
ウスペンスキーは、タロットの78枚を幾何学的に三つの領域に配置しました。
「三角は神(三位一体)あるいは理念の世界、すなわちヌーメナル界である。点は人間の魂である。四角は目に見える物理的あるいは現象の世界である」
— 同書(筆者訳)原文: “The triangle is God (the Trinity) or the world of ideas, or the noumenal world. The point is man’s soul. The square is the visible, physical or phenomenal world.”
さらに続けて、こう述べます。
「潜在的に、点は四角に等しい。これは、目に見える世界のすべてが人間の意識の中に含まれており、人間の魂の中に創造されていることを意味する」
大アルカナ21枚が三角(神の世界)、愚者(0)が点(魂)、小アルカナ56枚が四角(現象界)——この配置において、魂は神の世界と物質世界の両方を潜在的に含んでいる。タロット占いの哲学的根拠を、ウスペンスキーはこの幾何学的隠喩で提供しました。
「ペン・ピクチャー」 — 一人称の幻視体験
第2部の22篇のペン・ピクチャーは、本書の真の核心です。ウスペンスキーは各カードの前に立ち、そこで見えるものを「私は……を見た」の形で描写していきます。
女教皇 — 真理の殿堂
「ここは知恵の殿堂である。誰もそれを明かすことはできず、誰もそれを隠すことはできない。花のように、それは汝の魂の中で育ち、咲かなければならない」
— 同書(筆者訳)原文: “This is the Hall of Wisdom. No one can reveal it, no one can hide it. Like a flower it must grow and bloom in thy soul.”
教皇 — 道は汝自身の内に
「道を求めよ。到達を求めるな。道を汝自身の内に求めよ」
「道は汝自身の中にあり、真理は汝自身の中にあり、神秘は汝自身の中にある」
— 同書(筆者訳)原文: “Seek the Path, do not seek attainment, Seek for the Path within yourself.”
“The Path is in yourself, and Truth is in yourself and Mystery is in yourself.”
悪魔 — 人間の嘘
「私は、人間がすべての悪の原因だと言うところの悪である。そして人間が自ら行うすべての悪の言い訳として発明したものである」
— 同書(筆者訳)原文: “I am the Evil which men say is the cause of all evil and which they invented as an excuse for all the evil that they do.”
力 — 愛の征服
「愛のみが怒りを征服しうる。憎しみは憎しみを養う」
— 同書(筆者訳)原文: “Love alone can conquer wrath. Hatred feeds hatred.”
吊るされた男 — すべてのカードの統合
本書の最終カードであり、結論にあたる12番「吊るされた男」について、ウスペンスキーはこう書きました。
「永遠への道と無限の理解を見出した者を、地上では苦しみが待っている」
— 同書(筆者訳)原文: “Suffering awaits the man on earth, who finds the way to eternity and to the understanding of the Endless.”
そして最終段落で、吊るされた男はこれまでに登場したすべてのカードの人物が自分自身であることを悟る者として描かれます。魔術師も女教皇も皇帝も隠者も——すべてが一人の人間の内面の諸相であり、吊るされた男はその統合を体現する存在だと。
後世への影響 — 心理学的タロットへの道
ウスペンスキーの直接的な影響は、二つの方向に及びました。
心理学的タロットの源流。 ユング派の心理学者サリー・ニコルズが書いた『ユングとタロット(Jung and Tarot)』は、直接ウスペンスキーを引用しない場合でも、「タロットを内面的巡礼として読む」という方法論の延長線上にあります。現代の心理タロットカウンセリングの流派は、この枝から生まれた実の一つです。
同時代の評価。 クロウリーは『ブック・オブ・トート』の中でウスペンスキーを「冗漫無知の拾い屋ペテン師(verbose ignorance of such Autolycus-quacks as Ouspensky)」と厳しく退けました。一方、ティーレンス(1930年)はワンドの説明でウスペンスキーのカード描写を肯定的に参照しています。同時代の評価は割れていましたが、後世への影響という点では、ウスペンスキーの「内面的アプローチ」はクロウリーの「魔術的アプローチ」に匹敵する独自の系譜を生み出しました。
実践に活かすウスペンスキー的視点
ウスペンスキーの方法論は、現代のタロット実践に直結する二つの視点を提供します。
一つめは、カードを「体験」すること。 ウスペンスキーのペン・ピクチャーを真似して、引いたカードの場面の中に自分が立っている想像をしてみてください。「このカードの意味は何か」ではなく、「このカードの中にいたら、私は何を感じるか」と問う。分析ではなく総合——この切り替えが、リーディングに深みを与えます。
二つめは、カードをペアで読むこと。 ウスペンスキーの11ペア構造を応用して、リーディングで出た2枚を「対称ペア」として読んでみてください。たとえば女教皇(内なる知恵)と世界(外なる完成)が出たら、それを「知恵が世界に結実する」と読む。カード同士の対話を作ることで、単体では見えなかった意味が立ち上がってきます。
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関連シリーズ記事
タロット古典シリーズ全体はタロットの古典 完全ガイドに集約しています。ウスペンスキーと直接関係の深い個別記事は次の通りです。
- エリファス・レヴィとオカルト・タロットの誕生 — ウスペンスキーが参照した「分析的」タロット体系の代表格
- A.E.ウェイトと『ピクトリアル・キー』 — ウスペンスキーと同時代に別のアプローチでタロットを普及
- アレイスター・クロウリーと『ブック・オブ・トート』 — ウスペンスキーを「ペテン師」と呼んだ魔術師
- A.E. ティーレンスとタロット占星術対応の全貌 — ウスペンスキーのカード描写を肯定的に参照した占星術体系
タロットの時系列的な歴史はタロットの歴史で別途まとめています。
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参考文献
- P.D. Ouspensky, The Symbolism of the Tarot: Philosophy of Occultism in Pictures and Numbers, St. Petersburg, 1913
- Aleister Crowley, The Book of Thoth: A Short Essay on the Tarot of the Egyptians, London: O.T.O., 1944
- A.E. Thierens, The General Book of the Tarot, with a Foreword by A.E. Waite, Philadelphia: David McKay Co., 1930
ウスペンスキー(1947年没)の著作は日本の著作権法(著作者死後70年)に基づき2018年をもってパブリックドメイン入りしています。本文中の日本語訳はすべて筆者訳です。
著者紹介
五十六謀星もっちぃ / 占い業界歴19年。10代で占い師デビュー後、対面鑑定や電話占い、占星術の連載や多数のメディア出演を経験。著書『五十六謀星もっちぃの占星術講義』(説話社)、『はじめよう電話占い師』(同文舘)。延べ5万人を鑑定し、250人以上の占い師を育成。





