
タロットを勉強していると、「4つのスートはYHVH(ヨッド・ヘー・ヴァウ・ヘー)の4文字に対応する」「杖=ヨッド、杯=ヘー、剣=ヴァウ、金貨=第2のヘー」という対応表に出会うことがあります。
この対応を「断片的な示唆」ではなく「完結した教科書」として初めて体系化したのが、パピュスです。19世紀末フランスの男性で、本名ジェラール・アンコース(Gérard Encausse, 1865-1916)。医師の資格を持ちながらフランス・オカルティズムの中核的組織者として活動した人物です。
パピュスが1889年に出版した『ボヘミアンのタロット(Le Tarot des Bohémiens)』は、タロットとカバラの関係を初めて教科書形式で体系化した著作です。レヴィが高踏的な示唆にとどめたものを、パピュスは誰でも追えるかたちで一冊にまとめあげました。
本記事では、占い業界歴19年の筆者が、パピュスの生涯と『ボヘミアンのタロット』の構造・中心思想を、英訳原典の引用を交えながら解説します。タロット古典シリーズの全体像はタロットの古典 完全ガイドにまとめています。
パピュスとは何者だったのか
医師からオカルティズムの組織者へ
ジェラール・アンコースは1865年、スペインのア・コルーニャで生まれました。父はフランス人の化学者、母はスペイン人です。幼少期にパリへ移住し、パリ大学で医学を学んで医師免許を取得しました。
しかしアンコースの関心は正統医学にとどまりませんでした。若くしてカバラ、錬金術、魔術の世界に深くのめり込み、20代前半でオカルティズムの著述活動を開始します。ペンネーム「パピュス」は、レヴィが『超越的魔術』の付録として収録した『アポロニウスのヌクテメロン(Nuctemeron)』に登場する医学の精霊の名前です。師の著作から自分の名前を取ったこと自体が、パピュスのレヴィへの敬意を物語っています。
パピュスはオカルティズムの実践だけでなく、組織の設立にも精力的でした。1891年にはマルティニスト団(Ordre Martiniste)を創設し、フランス秘教の伝統を制度として継承する枠組みを作りました。オカルティストであると同時に組織者であったこと——これがパピュスの特異な立ち位置です。
『ボヘミアンのタロット』の誕生(1889年)
パピュスの主著『ボヘミアンのタロット(Le Tarot des Bohémiens)』は1889年、パリのエルネスト・フラマリオン社から出版されました。副題は「世界最古の書——秘教科学の絶対鍵——入門者専用(Le Plus Ancien Livre du Monde — Clef Absolue de la Science Occulte — à l’usage exclusif des initiés)」です。
この副題だけで、パピュスがタロットをどう位置づけていたかがわかります。タロットは「世界最古の書」であり、「秘教科学の絶対鍵」であり、「入門者のためのもの」なのです。
パピュスは序文で5人の先行者を挙げています。ギヨーム・ポステル、クール・ド・ジェブラン、エッティラ、エリファス・レヴィ、J.A.ヴァイヤンです。なかでもレヴィを「最大の理論的先行者」と位置づけ、自らレヴィの学派に属すると表明しました。
1892年にはA.P.モートンによる英訳版が出版され、英語圏にも広く流通するようになりました。本記事の引用はこの英訳版に基づいています。
本書の構造 — 22章×3部の体系
『ボヘミアンのタロット』は全22章で構成され、3部に分かれています。22章という章数自体が、大アルカナ22枚とヘブライ文字22字への対応を意図したものです。
| 部 | 章 | 主題 |
|---|---|---|
| 第I部 | 第I-VII章 | タロットの一般的な鍵(理論基盤) |
| 第II部 | 第VIII-XIV章 | タロットにおける象徴主義(大アルカナ個別解説) |
| 第III部 | 第XV-XXII章 | タロットの応用(占星術対応・占い方法) |
第I部では、タロット78枚の構造をYHVH(テトラグラマトン)の原理で説明します。第II部では、22枚の大アルカナそれぞれの象徴を3つの要素——数・観念・図像——で解読します。第III部では、タロットの天文学的対応、カバラ的応用、そして実際の占い方法を解説します。
冒頭で、パピュスはタロットの位置づけをこう宣言しています。
「そう、タロットと呼ばれるカードゲーム——ジプシーたちが持ち歩いているもの——は、聖書の中の聖書である。それはトート・ヘルメス・トリスメギストスの書であり、アダムの書であり、古代文明の原初の啓示の書である」
— パピュス『ボヘミアンのタロット』第I章(1889年/英訳A.P.モートン1892年)(筆者訳)原文: “Yes; the game of cards called the Tarot, which the Gypsies possess, is the Bible of Bibles. It is the book of Thoth Hermes Trismegistus, the book of Adam, the book of the primitive Revelation of ancient civilizations.”
パピュスの中心思想 — 3つの柱
パピュスの理論は広大ですが、タロット解釈に直接関わる中核は3つの柱に整理できます。
1. テトラグラマトンとタロットの完全対応
パピュスの最大の貢献は、レヴィが断片的に示唆していたYHVH(ヨッド・ヘー・ヴァウ・ヘー)とタロットの対応を、78枚すべてに体系的に適用したことです。
| YHVH | スート | 宮廷札 | 世界 |
|---|---|---|---|
| ヨッド(י) | 杖(ワンド) | 王 | 神的世界 |
| ヘー(ה) | 杯(カップ) | 女王 | 人間的世界 |
| ヴァウ(ו) | 剣(ソード) | 騎士 | 物質的世界 |
| 第2のヘー(ה) | 金貨(ペンタクル) | 小姓 | 移行・循環 |
この対応はスートと宮廷札にとどまりません。数札の10枚もYHVHの4段階を経て展開し、大アルカナ22枚は3つのセプテナリー(7枚組)と移行の3枚に分割されます。パピュスは、タロットのすべての要素がYHVHの4文字から導出できることを体系的に証明しようとしたのです。
2. 類推(Analogy)としての方法論
パピュスは、オカルト科学の方法は演繹でも帰納でもなく「類推」であると明言しました。この主張はレヴィから受け継いだものですが、パピュスはそれを本書の結論部で理論的に宣言しています。
「オカルト科学の方法は帰納でも演繹でもなく、類推である。この方法は現在知られていないが、タロットはこの類推をその全貌において我々に明かしてくれる」
— 同書 第XXII章 結論(筆者訳)原文: “The method of occult science is neither induction nor deduction, but analogy, an unknown method at the present date which the Tarot reveals to us in all its splendour.”
レヴィが「類推は科学の最後の言葉であり、信仰の最初の言葉である」と詩的に述べたのに対し、パピュスは「帰納でも演繹でもない第三の方法論」として理論的に位置づけ直したのです。
3. TAROT = THORA = ROTA
パピュスは、TAROT という語がアナグラムであることを強調しました。文字を入れ替えると THORA(トーラー=律法)になり、さらに ROTA(ロタ=車輪)にもなります。
- TAROT — カードの名前そのもの
- THORA — モーセ五書(ユダヤ教の聖典)
- ROTA — 車輪(循環、運命の輪)
パピュスはこの3つの語が偶然の一致ではなく、タロットが律法と循環の両方を内包する「絶対的な鍵」である証拠だと主張しました。この語源論自体はジェブランに遡る発想ですが、パピュスが体系的に展開したことで広く知られるようになりました。
大アルカナ22枚の解読法
パピュスは第II部(第VIII-XIV章)で、22枚の大アルカナをそれぞれ3つの要素——象徴(シンボル)・数(数秘術)・観念(哲学的意味)——で解読しています。
たとえば第1番「魔術師」について、パピュスはこう記述しています。
「人は一方の手で天にいる神を求め、もう一方の手を下に差し伸べて悪魔を自らのもとに呼び寄せる。こうして人間性の中に神的なものと悪魔的なものを結合させるのである」
— 同書 第X章(筆者訳)原文: “Man with one hand seeks for God in heaven, with the other he plunges below, to call up the demon to himself, and thus unites the divine and the diabolic in humanity.”
この解釈は、「上なるものは下なるもののごとし」というヘルメス的原理を魔術師のカードに読み込んだものです。右手を天に、左手を地に向ける魔術師の姿勢が、そのまま神と悪魔を統合する人間の象徴として読まれています。
パピュスの解読法の特徴は、各カードを孤立した単位として扱わないことです。すべてのカードはYHVHの展開図の中に位置づけられ、同じ数を持つカード同士、同じセプテナリーに属するカード同士が類推的に結び合わされます。
後世への影響 — フランスからイギリスへ、そして世界へ
ヴィルトへの影響(直弟子)
パピュスの直弟子にあたるオズワルド・ヴィルト(1860-1943)は、1889年にパピュスのために大アルカナの図版を制作しました。ただしヴィルトはパピュスのエジプト起源説を受け入れず、中世ヨーロッパの象徴主義に基づく独自のタロット解釈を展開しています。師の理論を丸呑みにせず、批判的に継承した好例です。
マザースと黄金の夜明け団との並行
パピュスが『ボヘミアンのタロット』を出版した1889年の前年、英国ではサミュエル・マザースが黄金の夜明け団(Hermetic Order of the Golden Dawn)を共同創設しています(1888年)。パピュスとマザースはほぼ同時代に、レヴィの遺産をそれぞれ独自に継承した二人です。パピュスはフランス語圏でYHVH体系を教科書化し、マザースは英語圏で実践的な儀式体系にタロットを組み込みました。
ウェイトの批判的受容
A.E.ウェイトはパピュスの著作を批判的に引用しつつ、多くの用語や分類を受け継ぎました。ウェイトの『ピクトリアル・キー』にはパピュスへの言及が随所にあり、批判しながらも対話の相手として重視していたことがわかります。ウェイトがパピュスを「ネオ・マルティニスト」と呼んだのは、パピュスの秘密結社的立場への距離感を示すものでした。
フランス語圏全体への基盤提供
『ボヘミアンのタロット』以降、フランス語圏のオカルト・タロット解釈はすべてパピュスのYHVH対応を基盤とするようになりました。ヴィルト、セディール、ペラダン、サン=ティーヴ・ダルヴェードルといったフランス秘教の後続者たちは、異論を唱えるときでさえパピュスの体系を出発点にしています。
実践に活かすパピュス的視点
パピュスの著作は体系的で理論的ですが、現代のタロット実践に直結する視点が二つあります。
一つめは、4スートをYHVHの4段階として読むこと。 リーディングで杖のカードが多ければ「始まりの衝動(ヨッド)」の段階にある、杯が多ければ「受容と感情(ヘー)」の段階にある——このように、スートの偏りを一つの展開プロセスとして読む視点はパピュスから来ています。4スートを「火・水・風・地」の元素だけで分類するのではなく、「創造の4段階」として動的に読むのがパピュス的な解釈です。
二つめは、「類推」でカードの系列を結ぶこと。 パピュスの方法論に従えば、同じ数字を持つカードはすべて類推的に関連しています。リーディングで「3」のカードが複数出たら、それは偶然ではなく「3の原理(三角形、結合、創造)」がテーマになっているのです。パピュスのYHVH理論では、3は「ヴァウ」に対応し、ヨッドとヘーの統合を意味します。
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タロット古典シリーズ全体はタロットの古典 完全ガイドに集約しています。パピュスと直接関係の深い個別記事は次の通りです。
- エッティラ — 史上初のプロ・タロット占い師 — パピュスが序文で先行者に挙げた近代タロット占いの父
- エリファス・レヴィとオカルト・タロットの誕生 — パピュスが「最大の理論的先行者」と位置づけた師
- ウェイトと『ピクトリアル・キー』 — パピュスを批判的に受容した英語圏の巨人
- アレイスター・クロウリーと『ブック・オブ・トート』 — YHVH対応を継承した20世紀の魔術師
- 黄金の夜明け団のタロット体系 — パピュスと並行してレヴィの遺産を英国で制度化した秘密結社
- マルセイユ版タロットの系譜 — パピュスが解読の対象としたデッキ群
タロットの時系列的な歴史はタロットの歴史で別途まとめています。
このカードで占ってみる
パピュスが「聖書の中の聖書」と呼んだタロット78枚を、いま手元で体験するならProphetess Tarotが便利です。登録不要・無料で、ブラウザ上にウェイト版デッキを並べられます。まずはワンオラクル(1枚引き)で1枚引いてみて、「パピュスならこのカードをYHVHのどの段階として読んだだろうか」と考えながら解釈してみてください。
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参考文献
- Papus (Gérard Encausse), The Tarot of the Bohemians: The Most Ancient Book in the World, trans. A.P. Morton, London: Chapman and Hall, 1892(原著: Le Tarot des Bohémiens, Paris: Ernest Flammarion, 1889)
- Éliphas Lévi, Transcendental Magic: Its Doctrine and Ritual, trans. A.E. Waite, London: George Redway, 1896
- A.E. Waite, The Pictorial Key to the Tarot: Being Fragments of a Secret Tradition under the Veil of Divination, London: William Rider & Son, 1910
- Oswald Wirth, Le Tarot des Imagiers du Moyen Âge, Paris: Tchou, 1966(初版1927年)
パピュス(1916年没)の著作は日本の著作権法(著作者死後70年)に基づきパブリックドメイン入りしています。A.P.モートン英訳版(1892年)もパブリックドメインです。本文中の日本語訳はすべて筆者訳です。
著者紹介
五十六謀星もっちぃ / 占い業界歴19年。10代で占い師デビュー後、対面鑑定や電話占い、占星術の連載や多数のメディア出演を経験。著書『五十六謀星もっちぃの占星術講義』(説話社)、『はじめよう電話占い師』(同文舘)。延べ5万人を鑑定し、250人以上の占い師を育成。





