
タロットを学び始めた人がまず手にするのはウェイト版です。書店で目にする解説書も、アプリで表示されるカードも、そのほとんどがライダー・ウェイト・スミス版、いわゆるウェイト版の絵柄で描かれています。
しかし、タロットの歴史を少しさかのぼると、ウェイト版よりもはるかに古く、そしてウェイト版の原型ともいえる一群のデッキが立ち現れてきます。マルセイユ版タロットです。
マルセイユ版には、著者がいません。ウェイトのような一人の監修者もいなければ、クロウリーのような設計思想の主唱者もいません。17世紀から18世紀にかけて、フランス南部マルセイユを中心としたカード職人たちが、世代を超えて少しずつ手を加えながら受け継いできた匿名の伝統です。
この記事では、占い業界歴19年の筆者が、マルセイユ版の成立と系譜、図像の特徴、主要な古典がマルセイユ版に何を見ていたかを解説します。「単一著者がいないタロット」をどう歴史的に位置づけ、どう図像的に読むのか。ウェイト版で学び始めた方が、次に手を伸ばすべき場所としてのマルセイユ版の姿を、できるだけ丁寧にお伝えします。
なお本記事はタロットの古典 完全ガイドの個別記事シリーズの1本です。時系列のタロット歴史全体はタロットの歴史をあわせてご覧ください。
マルセイユ版とは何か — なぜ「版(version)」と呼ばれるのか
マルセイユ版という呼び名は、一冊の特定の書物や一人の特定の作家の作品を指しません。17〜18世紀のフランス南部で流通していた、ある特徴的な図像をもつタロット一群を総称する言葉です。英語では “Tarot of Marseille”、フランス語では “Tarot de Marseille” と書かれます。
注目すべきは、この呼称が後世の命名だということです。カードそのものに「マルセイユ版」と刷られていたわけでも、職人たちが自分のデッキをそう呼んでいたわけでもありません。マルセイユという都市名が、ある時期の、ある様式のタロットを指す固有名詞として定着したのは、実は20世紀に入ってからの出来事です。
ウェイト版やトート版は、その名の通り一人の監修者と一人の画家による「作品」として特定できます。これに対してマルセイユ版は、誰の作品でもなく、特定の出版年も持たず、あくまで共通の図像伝統を共有する複数のデッキ群として存在します。英語圏ではしばしば “the Marseille tradition”(マルセイユ伝統)や “the Marseille pattern”(マルセイユ系の絵柄)という表現が使われます。
この「誰が作ったのか分からない」という事実こそが、マルセイユ版を語る上での最大の難所であり、同時に最大の魅力でもあります。単一の教科書に頼ることができない代わりに、読み手は図像そのものと対話することを強いられます。
単一著者なきタロットの発生 — 15〜18世紀ヨーロッパ
マルセイユ版がどのように生まれたのかを理解するには、タロットがそもそも15世紀の北イタリアで生まれたという出発点に戻る必要があります。
タロット誕生の背景
現代の研究で確定している歴史的事実によれば、タロットは15世紀前半(おおむね1420〜1440年代)の北イタリア、とくにミラノ、フェラーラ、ボローニャといった宮廷都市で生まれました。現存する最古の一群はヴィスコンティ=スフォルツァ家のために手描きされた豪奢なデッキ群で、金箔と鉱物顔料で描かれた美術工芸品です。この時点ですでに現代のタロットの基本構造(大アルカナ22枚+小アルカナ4スート各14枚)はおおむね出来上がっていましたが、カード自体は「タロッキ(tarocchi)」と呼ばれ宮廷のゲームとしてプレイされており、占術の道具という性格はまだ持っていません。
手描きから木版刷りへ
15世紀末から16世紀にかけて、ヨーロッパ全土で木版印刷の技術が広まります。これによってタロットは、貴族のための手描きの贅沢品から市井の職人が木版刷りで量産する大衆的な商品へと変貌しました。17世紀になると、タロットの工房はアルプスを越えてフランスへと移動し始めます。フランス南部の都市マルセイユは、地中海貿易の要衝であると同時にイタリア半島との往来の中継点でした。イタリアからやってきた木版技法とフランスのカード職人たちの技術が出会い、この都市に「マルセイユ様式」と呼ばれることになる木版タロットの伝統が根を下ろしたのです。
マルセイユ以外の並行系統
誤解してはならないのは、この時期にタロットがマルセイユだけで作られていたわけではない、という点です。パピュスは『ボヘミアンのタロット』で、当時のフランス語圏タロットの地域系統を次のように並べています。
「イタリア版タロット、ブザンソン版、そしてマルセイユ版——とりわけ最後のマルセイユ版は、原始的な象徴主義タロットを最も忠実に再現しており、現在われわれが所有している中で疑いなく最良のものである」
— パピュス『ボヘミアンのタロット』(1889年/英訳A.P.モートン1892年)(筆者訳)原文: “The Italian Tarot, that of Besancon and of Marseilles, are unquestionably the best which we now possess, particularly the latter, which fairly reproduces the Primitive symbolical Tarot.”
パピュスが挙げた「ブザンソン版(Tarot de Besançon)」は、フランス東部の都市ブザンソンで流通した同時代の別系統で、大アルカナの2番と5番をジュピターとジュノーに差し替えている点で知られます。宗教改革後のプロテスタント地域で法王と女法王の図像を置き換える必要があったためだと考えられています。同じ時代、同じ国のなかにマルセイユ版・ブザンソン版・イタリア系タロットが並行して存在していた——この事実は、タロットの伝統が決して一枚岩ではなかったことを示しています。この並立状況のなかで最終的にマルセイユ様式が「フランス秘教タロットの正統」として選ばれ広まっていく、その選ばれ方こそがマルセイユ版を語るうえで最も興味深い部分です。
主要系譜 — 匿名の伝統を支えた4つの結節点
マルセイユ版には単一の原典はありませんが、系譜をたどるうえでの重要な「結節点」となるデッキがいくつか存在します。ここでは4つを取り上げます。
ジャン・ドダル(Jean Dodal)— 1701〜1715年頃
現存するマルセイユ様式のデッキのうち、最も古い部類に入るのがジャン・ドダルの木版デッキです。18世紀初頭のリヨンで製作されたと推定され、その名はカードの「戦車(Le Chariot)」の盾に “IEAN DODAL” と刻まれていることから知られています。のちにマルセイユ様式と呼ばれることになる図像の多くを既に備えており、マルセイユ版の事実上の出発点として現代の研究者たちから参照されています。
ニコラ・コンヴェル(Nicolas Conver)— 1760年
マルセイユ版の決定版と呼ぶべき存在が、ニコラ・コンヴェルの1760年版です。マルセイユの本拠地で木版タロットを製作していたコンヴェルが刷り上げたこのデッキは、その後のすべてのマルセイユ系デッキの絵柄の基準となりました。1760年刊行のため完全にパブリックドメインに帰しており、国立図書館やWikimedia経由で全図像を閲覧できます。現代の書店に並ぶ「マルセイユ版タロット」の多くは、愚者の歩き方から魔術師の机の上の道具、女教皇の手にする書物、塔から墜落する人物の姿勢まで、コンヴェルの構図を忠実に受け継いでいます。
グリモー版(Grimaud)— 19世紀
19世紀後半、パリのカード製造業者B.P. グリモー社が、コンヴェル版をベースにしたマルセイユ版タロットの工業製品を市場に供給し始めます。グリモー版は19世紀から20世紀前半にかけてフランスで最も広く流通したマルセイユ版となり、レヴィやパピュスが手に取っていたタロットも多くの場合このグリモー系のデッキでした。グリモー版の重要性は、「マルセイユ版」という概念を近代フランスの秘教家たちに手渡した入れ物だったという点にあります。それ以前の木版タロットはあくまで市井の遊戯・占いカードであり、オカルト・秘教の象徴体系として再発見されるためには手に取りやすい工業製品としてのマルセイユ版が必要だったのです。
カモワン/ホドロフスキー復元版 — 20世紀後半
20世紀後半にフランスで起きた「復元運動」の中心人物が、マルセイユの老舗カード職人家系の末裔フィリップ・カモワン(Philippe Camoin)と、チリ出身の映画監督・作家アレハンドロ・ホドロフスキー(Alejandro Jodorowsky)です。二人は協働して、20世紀末に「カモワン=ホドロフスキー復元版(Tarot de Marseille restauré)」を刊行します。コンヴェル以来の図像を現代の印刷技術で復元しつつ、彼らが本来あるべきと考えた色彩と線描を取り戻そうとした試みでした。この運動は、英米圏でウェイト版・トート版が主流になっていた20世紀後半のタロット界にフランス語圏のマルセイユ伝統という対抗軸を改めて打ち出した点で歴史的な意義があります。
ドダル(1701頃)→コンヴェル(1760)→グリモー(19世紀)→カモワン/ホドロフスキー(20世紀末)。この4つの結節点をたどることで、匿名の伝統を具体的な歴史の手触りとして把握できます。
マルセイユ版の図像的特徴 — ウェイト版との決定的相違
マルセイユ版を手に取って最初に気づくのは、その視覚的な素朴さです。ウェイト版の洗練された象徴主義絵画に慣れた目には、マルセイユ版の図像は中世的で、粗く、どこか不器用にさえ映るかもしれません。しかし、この「粗さ」こそがマルセイユ版の本質なのです。
大アルカナ22枚の視覚言語
マルセイユ版の大アルカナには、中世末期からルネサンス初期にかけての図像的語彙がそのまま保存されています。魔術師(Le Bateleur)は市場の露店商のような姿で机の上にサイコロや玉を並べ、女教皇(La Papesse)は厳粛な表情で書物を開き、皇帝(L’Empereur)は横向きに座して鷲の紋章を背負い、吊るされた男(Le Pendu)は木の枠組みから逆さに吊るされた姿勢で両手を後ろで組む。これらの図像はウェイト版のような象徴の積み重ねによる複雑な意味構造を持ちません。むしろ中世の宗教劇や版画の伝統に近い、素朴で直接的な絵物語として読めます。マルセイユ版を読むということは、ある意味で「15〜18世紀の無名の職人たちが、何世代にもわたって積み重ねてきた図像の層」を読むということです。
小アルカナの非絵札的性格
マルセイユ版の小アルカナ(数札)には、ウェイト版のような人物が登場する情景がありません。たとえば「剣の3」は、剣が3本交差しているだけの図案です。「カップの5」は、5つの杯が幾何学的に配置されているだけ。花や蔓草の装飾模様が周囲を彩ることはありますが、「失恋して泣く人物」や「裏切られた戦士」のような物語的な情景は描かれません。
これは手抜きでも未発達でもなく、マルセイユ版が属しているより古い伝統の反映です。15世紀の北イタリアで生まれた最初期のタロットからすでに小アルカナは数札としての幾何学的図案であり、情景化された小アルカナはタロット史500年のうち最後の100年余り——ウェイト版が登場した1909年以降——の新しい発明なのです。
マルセイユ版の小アルカナを読むことは、ウェイト版を読むのとは根本的に異なる作業になります。情景から意味を読み取るのではなく、数とスートそのものから意味を構築する必要があります。パピュスは『ボヘミアンのタロット』のなかで小アルカナを「数の神智学的展開」として読む方法論を体系化しましたが、それはマルセイユ版を前提としなければ成立しない議論でした。
色彩体系
マルセイユ版のもう一つの特徴は、その限定的な色彩パレットです。伝統的なマルセイユ版は、赤・青・黄・緑・肌色・黒という6色前後の限られた色を使い、木版の黒い輪郭線のなかにベタ塗りで彩色します。この色彩の素朴さは、大量生産を前提とした木版刷りの制約であると同時に、象徴体系の明快さを生み出しました。後述するホドロフスキーとカモワンの復元運動は、この色彩体系を精密に再構成することで「本来のマルセイユ版」を取り戻そうとしたもので、ウェイト版の絵画的象徴主義とは異なる塗り分けによる象徴主義とでも呼ぶべき読み方を提示しています。
ウェイト版との決定的相違
ここまでの特徴を整理すると、マルセイユ版とウェイト版の相違は次の3点に集約されます。
- 小アルカナ56枚に情景絵があるか否か — マルセイユ版にはなく、ウェイト版にはあります。
- 大アルカナの図像の性格 — マルセイユ版は中世的・職人的、ウェイト版は象徴主義絵画的です。
- 逆位置の使用伝統 — マルセイユ版には逆位置を使わない流派も根強く存在し、ウェイト版のように「78枚×正逆=156通り」を標準化する発想は必ずしも取られません。
これらの相違は、単なるデザインの好みではありません。それぞれの版が想定している読み方そのものの違いを反映しています。ウェイト版は「絵を見て読む」タロットであり、マルセイユ版は「図像構造と数を読む」タロットなのです。
逆位置についてもう少し付け加えておくと、タロットの逆位置とは?でも触れたように、逆位置を使わないという選択肢はタロット世界で十分にメジャーな立場です。そしてその立場は、マルセイユ版の伝統と強く結びついています。絵札として具体的な情景を持たない小アルカナでは、「絵の上下反転」がそれほど大きな意味を持たないからです。
古典がマルセイユ版に見ていたもの
匿名の伝統であるマルセイユ版は、単一の解説書を持ちません。その代わり、18世紀から20世紀初頭にかけて活動した秘教家・魔術師・オカルティストたちが、自分のタロット論のなかでマルセイユ版を語り、位置づけてきました。ここでは、筆者が参照している主要な古典のうち、マルセイユ版に直接・間接に言及している箇所を取り上げます。
クール・ド・ジェブラン — マルセイユ版を見て閃いた男(1781年)
マルセイユ版の歴史を語るうえで最初に登場すべきは、オカルト・タロット伝統すべての起点となったアントワーヌ・クール・ド・ジェブラン(1725-1784)です。ジェブランは百科全書的大著『原始世界(Le Monde Primitif)』の第8巻(1781年)にタロット論を収録しました。彼がタロットをエジプト起源の書だと直観した瞬間に手にしていたのが、まさに18世紀フランスで流通していたマルセイユ様式のタロットだったと考えられています。1781年当時のフランスで入手できたタロットは、ほぼすべてがマルセイユ系列だったからです。
「このエジプトの書は、彼らの壮麗な図書館の唯一の遺産であり、今日なお存在する。しかもあまりに普及しているため、いかなる学者もそれを研究しようとは考えなかった」
— クール・ド・ジェブラン『原始世界』第8巻(1781年)(筆者訳)原文: “ce Livre Egyptien, seul reste de leurs superbes Bibliotheques, existe de nos jours : il est meme si commun, qu’aucun Savant n’a daigne s’en occuper”
ジェブランが「あまりに普及しているため誰も研究しようとしなかった」と書いたタロットこそ、18世紀フランスの街角で流通していたマルセイユ様式の木版タロットです。この一節は、匿名の伝統としてのマルセイユ版が18世紀市民の日常的な風景の一部になっていたことを同時に証言しています。ジェブランのエジプト起源説は歴史学的には完全に誤りでしたが、彼がマルセイユ版の図像に読み取った「12番の吊るされた男は本来 慎重(Prudence)の寓意であり、カード職人の誤解で逆さ吊りに描かれた」という仮説は、のちのタロット研究者たちにマルセイユ版の個々の図像を細部まで観察するよう促すきっかけになりました。マルセイユ版の図像学(イコノグラフィー)の出発点は、この1781年のエッセイにあると言ってよいでしょう。
パピュス — マルセイユ版を「原始的象徴主義タロット」と宣言(1889年)
マルセイユ版を現代的な意味で「研究対象としての古典」として位置づけた最初の人物は、フランス秘教派の大成者パピュス(本名ジェラール・アンコス、1865-1916)です。1889年刊の主著『ボヘミアンのタロット(Le Tarot des Bohemiens)』のなかで、パピュスは読者に次のように呼びかけています。
「われわれは、あなたがこの目的のためにマルセイユ版タロットを入手しているものと希望する——これは象徴主義の観点から最も正確なデッキであり、あるいはオズワルド・ウィルトがデザインした22枚の鍵を、両方とも所有していることが、ほとんど不可欠といえる」
— パピュス『ボヘミアンのタロット』(1889年/英訳A.P.モートン1892年)(筆者訳)原文: “We hope that for this purpose you have procured the Tarot of Marseilles, the most correct in its symbolism, or else the twenty-two keys designed by Oswald Wirth; perhaps — and this is really almost indispensable — you have both of them.”
決定的な一節です。パピュスは自分の体系的タロット論を読み進めるうえで必須の教材としてマルセイユ版を指定しました。19世紀末のフランス秘教界で、マルセイユ版は「タロット研究のスタンダード・テキスト」として公式に認知されていたのです。
パピュスはさらに続けて、マルセイユ版の系譜論的位置づけにも踏み込みます。
「これらは、マルセイユ版タロットがまさに原始的なエジプトのタロットの正確な表象であり、衣装に示された時代にわずかに変更を加えただけのものであることを、一目で証明してくれる」
— パピュス『ボヘミアンのタロット』(1889年/英訳A.P.モートン1892年)(筆者訳)原文: “They at once prove that the Tarot of Marseilles is really the exact representation of the primitive Egyptian Tarot, slightly altered to the epoch denoted by the costumes.”
「エジプト起源説」自体は歴史学的には誤りですが、パピュスがここで言いたかったのは正確な起源論ではなく、「マルセイユ版こそが現存するタロット諸系統のなかで最も古い象徴的原型を保存している」という価値判断です。この判断は、その後のフランス秘教タロット伝統を規定することになります。パピュスの後継者オズワルド・ウィルトが制作した「ウィルト版タロット」は、マルセイユ版の22枚大アルカナを下敷きにそこへカバラ象徴を追加したものであり、パピュス=ウィルトのフランス秘教派タロットは、その基盤にマルセイユ版を置いていました。フランス秘教派にとってマルセイユ版とウィルト版は、片方が匿名の伝統の原型、もう片方がその原型にカバラ解釈を被せた注釈版という関係であり、英米系の「ウェイト版一本槍」とは決定的に異なるタロット学習の姿勢を示しています。
もうひとつ触れておきたいのは、パピュスがオカルティストでありながらマルセイユ版の起源をイタリアのヴェネツィア系デッキに遡ることができるという実証的な歴史観を併せ持っていた点です。彼は次のようにも書いています。
「メルランは非常に科学的な方法で研究を行い、われわれのマルセイユ版タロットの原型を、ヴェネツィアのイタリア版タロットのなかに見出すことに成功した——後続のすべてのデッキの父である」
— パピュス『ボヘミアンのタロット』(1889年/英訳A.P.モートン1892年)(筆者訳)原文: “Merlin conducted his researches very scientifically, and succeeded in discovering the original of our Tarot of Marseilles in an Italian Tarot at Venice, the father of all the later packs.”
ここで参照された「メルラン」はロマン・メルラン(Romain Merlin)という19世紀フランスのカードゲーム史研究家です。パピュスはエジプト起源説という観念論と、ヴェネツィア起源説という実証論を同時に主張していました。この両義性こそが、マルセイユ版という対象そのものの性格——神話的な深さと歴史的な素っ気なさの両面を併せ持つもの——を反映しているのかもしれません。
エリファス・レヴィとマルセイユ版
エリファス・レヴィ(1810-1875)は、1856年刊の『高等魔術の教理と祭儀』のなかで大アルカナ22枚をカバラのヘブライ文字22字に対応させる壮大な体系を提示しました。レヴィがタロットを語るとき念頭にあったのも、当時のフランスで入手可能だったマルセイユ系のデッキだったはずです。ただしレヴィ自身は自分のタロット論のなかで「マルセイユ版」という固有名詞を前面に出して語ることはしていません。彼にとってタロットは特定の版のデッキというよりも抽象化された22枚の象徴体系そのものであり、マルセイユ版はその体系を確認するための「現物の入れ物」だったのです。そのレヴィの体系を受け継いだパピュスが1889年になって「マルセイユ版を手に取れ」と明示的に読者に指示したのは、レヴィが暗黙のうちに前提としていた版を、はっきり名指しして記述したという意味で画期的な一歩でした。
A.E. ウェイトがマルセイユ版に対して選んだ距離
A.E. ウェイト(1857-1942)は、1910年の『The Pictorial Key to the Tarot』でマルセイユ版について明示的には言及していません。しかし黄金の夜明け団の教材はフランス秘教派から多くを継承しており、ウェイトもレヴィとパピュスの著作を熟読していたため、マルセイユ版系統のタロットをよく知っていたことは確実です。ウェイト版タロットが「マルセイユ版とは決定的に異なるもの」として設計されたのは偶然ではありません。ウェイトはマルセイユ版の小アルカナが数札のままであることに不満を持ち、すべての小アルカナに情景絵をつけるという大胆な決断を下しました。その結果生まれたライダー・ウェイト・スミス版は、マルセイユ版の「数の体系」を「絵の物語」へと書き換えた、タロット史における最大の変更となります。ウェイト版以降の英米系タロットは、マルセイユ版という先行者に正面から言及することなく、しかし構造的にはマルセイユ版を下敷きにして成立した——英米圏のタロット史における隠れた「父殺し」の構図と言ってもよいでしょう。
現代のマルセイユ版復興とフランス派タロット論
マルセイユ版の歴史を語るとき、20世紀後半のフランス語圏で起きた「復興運動」に触れないわけにはいきません。英米圏でウェイト版とトート版が圧倒的な主流となっていた20世紀後半、フランスのタロット読者たちはマルセイユ版こそが本来のタロットであるという立場から、独自の解釈論を発展させていきました。
ホドロフスキーとカモワンの復元運動
その中心にいた人物の一人が、先述したアレハンドロ・ホドロフスキー(1929-)です。ホドロフスキーは映画監督・コミック原作者としてカルト的な人気を博しましたが、同時に長年マルセイユ版タロットを精神的探求の道具として使い込み、その成果を『La Voie du Tarot(タロットの道)』(2004年)にまとめました。ホドロフスキーのマルセイユ版論の特徴は図像の細部から意味を読み出す姿勢です。人物の視線の方向、手の組み方、衣装の色、背景に描かれた小さな物体の一つひとつに意味を読み取り、それらを「心理的な旅」としての大アルカナ22枚の流れに組み込んでいきました。絵の象徴主義に頼るウェイト版の読み方でも、カバラ体系に頼るレヴィ=パピュスの読み方でもない、「図像そのものと対話する」新しい流派です。
協働者のフィリップ・カモワンは、コンヴェル版を引き継いだマルセイユの老舗カード職人家系の末裔で、二人が刊行した「カモワン=ホドロフスキー復元版」は古い木版の線描と色彩を現代の印刷技術で蘇らせる試みでした。「どこまでが歴史的に正当な復元で、どこからがホドロフスキー個人の解釈なのか」という議論が今も続いていますが、彼らの運動が20世紀末のフランスでマルセイユ版への関心を大きく高め、英米圏にも波紋を広げた功績は疑いようがありません。
この20世紀末のフランス派タロット論は、英米系の「カバラ象徴主義」に対して「図像の素朴さのなかにこそ本質がある」という立場を前面に打ち出し、マルセイユ版の大アルカナをカバラや占星術の体系に引き寄せるのではなく、むしろ中世末期のヨーロッパ民衆文化の図像として読もうとします。レヴィやパピュスが打ち立てた19世紀フランス秘教派の「マルセイユ版+カバラ」という路線から見ると、カバラ層を取り除いたマルセイユ版に立ち戻ろうとする動きとさえ言え、匿名の伝統ゆえの柔軟性がここにもあらわれています。
実践に活かすマルセイユ的視点
ここまで歴史的・図像的な話を重ねてきましたが、では実際に読み手としてマルセイユ版の視点をどうリーディングに活かせるのか。最後に、ウェイト版で学び始めた方が明日から使える実践的な観点をお伝えします。
絵のない小アルカナをどう読むか
マルセイユ版の最大の挑戦は、情景絵のない小アルカナ56枚です。「カップの5」と言われても、そこにあるのは5つの杯の幾何学的配置だけ。ウェイト版のように「失恋して泣く人物」の情景から意味を読み取ることはできません。
マルセイユ版の読み手は、この状況を「数とスートに立ち戻れ」という訓練として受け取ります。カップの5の意味は、絵から読み取るのではなく、「カップ(感情の領域)」と「5(4の安定を崩す動き、不調和、試練)」という二つの要素の掛け算から導き出すのです。この読み方に慣れると、ウェイト版の情景絵に頼っていた自分のリーディング癖に気づけるようになります。ウェイト版を主に使う読み手にとっても、「自分の読みの骨格を確かめる稽古」として有効です。
一度、手元のウェイト版で小アルカナを引いたら、情景絵を見ないで「スート」と「数」だけを頼りに読んでみてください。そのあとで情景絵を見て、自分の読みがどう変わるかを観察する。この二段階の稽古は、小アルカナ56枚のすべてに適用できる訓練法です。
逆位置との関係
前述のとおり、マルセイユ版の伝統には逆位置を使わないという立場が根強く存在します。絵札ではない数札を上下反転しても情景が変わらないため、ウェイト版のように「絵が逆さまになった=意味が歪んだ」という直観的な読み方が成立しにくいからです。
マルセイユ版を学ぶことは、「逆位置という便利な装置に頼らずに、どうネガティブな意味を読み取るか」という問いを突きつけられることでもあります。答えは、問いの立て方(占的設定)でネガティブな意味をコントロールすること。タロットの逆位置とは?で詳しく述べた立場ですが、マルセイユ版の伝統はこの「占的設定で読む」流派の源流の一つです。
マルセイユ版を手に入れるべきか
初めてタロットを学ぶ段階では、マルセイユ版を買う必要はありません。タロットカードの選び方でも解説したとおり、初心者が最初に手にすべきはウェイト版です。世に出回っている解説書の大半がウェイト版を基準にしているため、ウェイト版以外から始めると学習効率が大幅に落ちます。
しかし、ウェイト版で78枚の意味を自信を持って読めるようになった段階、あるいは自分のリーディングに「何か足りない」と感じ始めた段階で、マルセイユ版を2つ目のデッキとして手に取ることは強くおすすめできます。マルセイユ版を手に入れたら、最初の数週間は「意味を読もうとしない」という練習に取り組んでください。ただ22枚の大アルカナを並べ、一枚ずつ図像をじっくり観察する。色の配置、線の太さ、人物の姿勢、背景の描き込み。それを言葉にしないで、ただ眺める。これが、匿名の伝統と対話するための最初の入り口になります。
関連シリーズ記事への案内
本記事はタロット古典シリーズの第1層記事です。マルセイユ版の歴史と図像を深く理解するために、関連する古典の個別記事もあわせてご覧ください。
- タロットの古典 完全ガイド — シリーズのピラー記事。700年の思想系譜を俯瞰
- クール・ド・ジェブランとエジプト起源説の誕生 — マルセイユ版を見てタロット論を始めた18世紀の言語学者
- エッティラと占いタロットの誕生 — マルセイユ版を使った最初の占術体系
- エリファス・レヴィとオカルト・タロットの誕生 — カバラ体系のマルセイユ版注釈
- パピュス『ボヘミアンのタロット』を読む — マルセイユ版を「原始的象徴主義タロット」と宣言した大著
- A.E.ウェイトと『ピクトリアル・キー』 — マルセイユ版から離脱し小アルカナを絵札化した決断
- アレイスター・クロウリーと『ブック・オブ・トート』 — マルセイユ版ともウェイト版とも異なる魔術的再解釈
時系列のタロット史全体はタロットの歴史、初心者向けのデッキ選びはタロットカードの選び方、78枚構造の共通性はタロットとオラクルカードの違いもあわせてご覧ください。
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このシリーズを実践に活かす
実際にカードを並べて、マルセイユ版の視点を稽古してみてください。Prophetess Tarotはウェイト版のデッキですが、「絵を見ないで数とスートから読む」練習であれば、ブラウザ上のウェイト版でもマルセイユ的な読み方の訓練ができます。
まずはワンオラクルで1枚引き、そのカードが小アルカナであれば、情景絵を見ないで数とスートから意味を組み立ててみてください。その後で情景絵を見て、自分の読みがどう変わるかを観察する。この稽古を続けることで、ウェイト版に頼りきらないリーディングの骨格が身についていきます。
自分の解釈に自信がないときは、タロット道場AIにカードと質問を入力してフィードバックを受けてみてください。古典を踏まえた読みと、AIが示す読みを比較することで、自分の解釈の癖や盲点が見えてきます。
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参考文献
直接引用した原典
- Antoine Court de Gébelin, Le Monde Primitif, analysé et comparé avec le monde moderne, Vol. 8, Paris, 1781
- Papus (Gérard Encausse), Le Tarot des Bohemiens, Paris, 1889(英訳: A.P. Morton, The Tarot of the Bohemians, London, 1892)
言及した古典
- Éliphas Lévi, Dogme et Rituel de la Haute Magie, Paris, 1856(英訳: A.E. Waite, Transcendental Magic: Its Doctrine and Ritual, London: George Redway, 1896)
- A.E. Waite, The Pictorial Key to the Tarot, London: William Rider & Son, 1910
歴史的事実確認に用いた資料
本記事の歴史的事実(ドダル版1701-1715年頃、コンヴェル版1760年、グリモー社の19世紀展開、ヴィスコンティ=スフォルツァ家の最古タロット、ブザンソン版の系譜等)は、主として以下の資料群に基づいています。
- Wikipedia英語版 “Tarot of Marseilles” — https://en.wikipedia.org/wiki/Tarot_of_Marseilles (ドダル版・コンヴェル版・グリモー版の系譜、ブザンソン系統への分岐、ヴィスコンティ=スフォルツァからの前史まで包括的に整理されている項目。本記事の歴史記述の骨格を構築する際に最も参照した二次資料)
- Wikipedia英語版 “Oswald Wirth” — https://en.wikipedia.org/wiki/Oswald_Wirth (1889年のウィルト版22枚大アルカナとパピュスとの協働関係を確認するために参照)
- Internet Archive: Oswald Wirth, Le Tarot des Imagiers du Moyen Âge(1927年, Paris: Émile Nourry)— https://archive.org/details/le-tarot-des-imagiers-du-…-wirth-oswald-bpt-6k-3112874 (Gallica BnF由来のスキャン)
- Internet Archive: Papus, The Tarot of the Bohemians (英訳A.P. Morton版) — https://archive.org/details/tarotofbohemians00papu (本文中で直接引用した1889年原典の英訳版。マルセイユ版を「原始的象徴主義タロット」と宣言した一次資料)
- Internet Archive: Antoine Court de Gébelin, Le Monde Primitif Vol.8 — https://archive.org/details/mondeprimitifana08cour (本文中で直接引用した1781年原典のスキャンPDF。マルセイユ様式のタロットを「エジプトの書」と直観した記述を収録)
現代のマルセイユ版論
- Alejandro Jodorowsky & Marianne Costa, La Voie du Tarot, Paris: Albin Michel, 2004
- Philippe Camoin & Alejandro Jodorowsky, Tarot de Marseille restauré(復元版タロット)
著者紹介
五十六謀星もっちぃ / 占い業界歴19年。10代で占い師デビュー後、対面鑑定や電話占い、占星術の連載や多数のメディア出演を経験。著書『五十六謀星もっちぃの占星術講義』(説話社)、『はじめよう電話占い師』(同文舘)。延べ5万人を鑑定し、250人以上の占い師を育成。





