学術的な意味での統計学と占い
占いは統計学なのか?
占いと統計学との関わりについて、しばしば議論の対象になることがあります。占い師の中にも、生年月日の占いや手相や人相などの占いについて「これは統計学だ」などと表現なさる人がいます。また逆に「占いは統計的な裏付けはあるのか」というような言説で、占いの信を問う目的でこの投げかけがなされることもあります。
結論から言えば、現存するすべての占いは「統計学」ではありません。学術的に信用に足りる統計に基づいて整備された占いは私の知る限り存在しません。そして、占いの論拠として統計学を持ち出すことがそもそもおかしなことであると考えています。
統計学は新しい学問
占いが統計学ではないということは、占いの歴史の長さを考えれば一目瞭然なことです。
ある事柄が本当に正しいかどうかを検証する際に、データを集めて分析するという手法をとることが今日では常識になっているかもしれません。しかし、このような手法が広く行われるようになったのは比較的最近になってからのことなのです。
ある事象について、丹念にデータを集めて検証可能な規則性を発見する統計学を、数理統計学と言いますが、これが大成されたのは十九世紀の終わり頃になってからです。多くの有名な占いは、それよりも前にすでに体系化がなされていました。占いが統計学に基づいて作られているということなど歴史の順番からいってもあり得ない話です。
占いは演繹法で創造される
占いの理論体系は、数理統計学による実証とは全く別の形で生み出されています。現存する占術のほとんどが体系化された十九世紀までは「○△であるから□×である」という演繹法によって理論を構成しました。当然占いの理論構成も、神話や伝統的な哲学などを出発点にしながら、演繹法による理論を蓄積して完成されていきます。
統計学が必ずしも偉いとは限らない
統計学の発展により、非常に多くの物事が科学的分析の対象になりました。特にロナルド・フィッシャーが生み出したランダム化比較実験という手法が誕生していこう、科学者はミルクティのおいしい入れ方まで科学で証明することが出来るようになったのです。
しかし、統計学はあくまでも「ほとんどの確率でこうなる」ということの積み重ねです。これで示されるのは蓋然性の問題でしかありません。説話社さんから発売されている雑誌『MyCalendar 』の創刊号に掲載された、石井ゆかり氏のインタビューに非常に納得のいく、この種の問題の最終解決となるべき言葉がありましたので引用します。是非とも全文に当たってほしいと思います。
どんなに確率が低くても、私がこの飛行機に乗る、この一回のフライトで、「落ちる」目が出る可能性はあるんです。人生はそんなふうに、一度しか試せないことの繰り返しで、確率では解消できない問題なんです。占いは、この「一回性」に、かろうじてつき合ってくれる存在なんだと思います。
『My Calendar』 創刊号 16頁3段目
MyCalendar (マイカレンダー) 2019年 4月号 別冊付録「マイカレ暦」4~6月版付 [雑誌]
占いの統計データ
これまでは、占いは統計ではないという話をしてきましたが、占いにもしっかりとデータをとって、それを元に検証しようとした試みがいくつかあります。ここでは有名な二つの事例を紹介したいと思います。
水野南北氏の研究
日本の江戸時代に活躍した水野南北は、今で言う手相や人相などの占いに通じる、観相学を大成させた人物です。彼は最初、髪結い床の見習いを三年間続けて、髪の生え方や頭の形などと人の運勢との関連性を研究しました。続いて湯屋の下働きを三年やって、着物の上からでは見ることのできない体の特徴と運勢のつながりを調べました。最後には火葬場で人相と死因の関連性を三年間調べ上げて、ついにその観相学を完成させたといわれています。
この手法はまさに帰納法的な手段を出発点にした理論体系であるといえます。水野南北の研究を理由に、手相占いは統計学だと主張する人もいます。しかし、水野南北の研究が優れたものであることは間違いないにしても、安易に統計学と呼ぶのは、統計学の側からも占いの側からも歓迎されるべきことではありません。なぜなら、水野南北の集めた生のデータは現存しておらず、現代統計学の理論で分析して統計的正しさを証明できるものではないからです。やはり近代的な統計学とは別物であると言わざるを得ません。また、現在一般に知られている手相学は水野南北の観相学とは別系統の西洋手相術が主流です。
ミシェル・ゴークラン氏の研究
フランス生まれの心理学者であるミシェル・ゴークラン (1928 –1991) はソルボンヌ大学で心理学と統計学を学び、最終的に心理学で博士号を習得して心理学者となりました。
あるとき彼は、統計的な手法によって占星術を否定することを試みました。そのために、出生日時と出生場所、職業と人生の成功や失敗などの情報がセットになったデータを5万件以上も収集しました。そしてそのデータを様々に解析して、出生時の天体とその人の人生には関連性がないことを示そうとしたのです。
その結果、伝統的な占星術が唱えていた理論の一部は統計学的に否定されてしまいました。しかしそれと同時に、統計学上どうしても無視することができない、出生時の天体の様子と職業選択についての関連性を見つけてしまったのです。後に火星特効として知られるこの発見は、優れた成績を残したスポーツ選手のホロスコープにおいては、火星が特徴的な位置にあることが多いというものでした。このことはゴークランにとって衝撃的なことであったようで、ゴークランはその後占星術の熱心な信奉者に鞍替えしてしまいます。
しかし不幸なことに、このゴークランの検証は、統計学者の間で認められることなく、不公正な追試験によって強引に否定されてしまいました。そしてさらには、伝統的な占星術理論を否定したことが原因で、占星術師たちからも嫌われてしまいました。ゴークランの晩年はよくわかっていませんが、自殺であったことは確かなようです。
コンピュータによる定量的分析の可能性
これまで、占いを統計学の手法で分析する際には、感情や状況、才能や運命の客観的な分析が難しく、定量的な分析が出来なかったことも原因の一つです。
しかし現在のコンピュータ技術では、SNSなどに投稿された言葉から感情を分析することができるようになりつつあります。この種の研究と占いとが結びつけば、これまでは不可能だったファジーな結果の定量的分析が可能になり、占いと統計学の新しい接点が生まれるかもしれません。
統計学者の西内啓氏は著書『統計学が最強の学問である』で以下のような発言をしています。
たまに「占いは統計学 だ」という言説を耳にすることもあるが、もしそれが本当 だったら最新の統計学はきっと占いを精緻なものにだってできるはずだ。
西内 啓; 清水 量介; 鈴木 崇久; 深澤 献; 藤田 章夫. 統計学 2冊パックバリュー版 (Kindle の位置No.1207-1208). . Kindle 版.
この言葉を好意的に捉えると、近未来のコンピューターサイエンスと統計学が作り出す精緻な占いはいかほどの物になるかと期待が膨らみます。近い将来、ネット上の様々な感情をAIが分析して、全く新しい占いが生み出されることを心のどこかで恐れつつも楽しみにしています。